はじめに
日本の農業界は深刻な人手不足に直面しています。高齢化による後継者不足や若者の農業離れにより、過去10年間で約100万人もの労働力が失われました。この課題に対応するため、日本政府は2019年に特定技能制度を導入しました。本記事では、特定技能「農業」について包括的に解説し、制度の概要から採用方法まで徹底的に解説します。また、外国人を雇用することで労働力不足を解消する方法についても触れます。
特定技能とは
特定技能は日本国内の人手不足が深刻な12の特定産業分野において、即戦力となる外国人材の雇用を可能にする在留資格です。
特定技能には1号と2号の2つのカテゴリがあります。
特定技能1号:最長5年の在留期間、家族の帯同は不可
特定技能2号:在留期間の更新回数に制限なし、家族の帯同が可能
令和5年6月9日の閣議決定により、特定技能の在留資格に関する制度の運用方針(分野別運用方針)が変更されました。この改定により、特定技能2号の適用分野が拡大され、新たに「農業」など9つの分野が特定技能2号の対象となりました。
農業業界の現状
日本の農業は、高齢化による後継者不足が深刻な問題となっており、過去10年間で100万人もの労働力が減少しています。現在も労働人口の減少は続いており、この傾向を食い止めるために労働力支援が必要とされています 。
この問題の中でも、特に深刻なのは高齢化です。農業は高齢の人々が主要な労働力として活躍しており、若い世代の後継者が不足しています。また、農業は高い固定費がかかるため、新規参入が難しく、収入には天候不順などによる不安定性がつきまといます 。そのため、安定志向の若者からは敬遠されがちです。
さらに、農作業は重労働であるという点も見逃せません。これにより、若い世代にとって魅力的な職業とは言いにくい状況が続いています 。外国人雇用を含む労働力支援が、農業の労働力不足を解消するために重要です。
特定技能「農業」の受入人数
特定技能「農業」分野では、当初は2019年からの5年間で最大36,500人の外国人を受け入れる計画が立てられていました。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う大きな経済変動を受けて、令和5年度末までの間、特定技能農業1号外国人の受け入れ見込み数を最大36,500人に制限することとし、これが特定技能1号外国人の受け入れ上限となります 。
業種 | 2022年8月以前 (見直し前) | 2022年8月以降 (見直し後) |
介護 | 60,000人 | 50,900人 |
ビルクリーニング | 37,000人 | 20,000人 |
製造3分野 | 31,450人 | 49,750人 |
建設業 | 40,000人 | 34,000人 |
造船・舶用工業 | 13,000人 | 11,000人 |
自動車整備 | 7,000人 | 6,500人 |
航空業 | 2,200人 | 1,300人 |
宿泊業 | 22,000人 | 11,200人 |
農業 | 36,500人 | 36,500人 |
漁業 | 9,000人 | 6,300人 |
飲食料品製造業 | 34,000人 | 87,200人 |
外食業 | 53,000人 | 30,500人 |
特定技能「農業」の資格要件
特定技能「農業」の在留資格を取得するには、最初に農業の基礎知識を評価するための農業技能測定試験と日本語能力試験に合格あるいは技能実習2号から移行する必要があります。
<農業技能測定試験> | 農業技能測定試験は、「畜産」と「耕種」の技能分野に分かれており、試験全体の所要時間は約60分で、およそ70の問題が出題されます。この試験は、日本語音声を聞いて理解するリスニングテスト、学科試験、そして実技試験から成り立っています。 |
<日本語能力試験> | 日本語能力試験のN4に合格するためには、日常会話レベルの日本語能力が求められます。日本語能力試験(JLPT)では、N4レベルは「基本的な語彙や漢字を使用した身近な文章を読んで理解できる」「ややゆっくりと話される会話であれば内容をほぼ理解できる」といった難易度とされています。 |
<技能実習2号から移行> | 技能実習2号を良好に修了した者は、農業技能測定試験等や日本語能力試験を免除され、特定技能外国人の在留資格認定書交付申請等の手続きを行えます。 |
特定技能「農業」で従事できる業務
農林水産省の「農業分野における特定技能の在留資格に関する制度の運用方針」によると、受入れ可能な分野は以下の通りです 。
1外国人材は主として、以下の作業に従事することが必要です。 ① 耕種農業全般の作業(栽培管理、農産物の集出荷、選別等) ② 畜産農業全般の作業(飼養管理、畜産物の集出荷、選別等) 2 ただし、その業務内容には、栽培管理又は飼養管理の業務が 必ず含まれていることが必要です。 ※ 例えば、農産物の選別の業務にのみ専ら従事させるといったことはできませんので、ご注意ください。 3 同じ農業者等の下で作業する日本人が普段から従事し ている関連業務(加工・運搬・販売の作業、冬場の除雪作業 等)にも付随的に従事することが可能です。 ※ ただし、専ら関連業務に従事することはできませんので、ご注意ください。 |
特定技能の労働者に対して、資格とは関連のない付随業務を割り当てることは許可されています。一般的な原則として、法務省は、通常の業務については本来の業務との関連性があると見なします。特に、業務特定技能を持つ労働者は、農業分野での特定の作業や資格を有しているため、これらの業務に従事することが期待されます。
ただし、範囲外の業務を過度に割り当てることはリスクが高まります。基準として、同じ農業者などの下で通常日本人が行っている関連業務(例: 加工、運搬、販売の作業、冬季の除雪作業など)は特定技能労働者に割り当てることができますが、それらの関連業務を主要な業務として行わせることはできません。
雇用形態と報酬
特定技能外国人の給与については、同等の業務を日本人が行う場合の報酬額以上であることが要求されます。また、農業分野の雇用形態は他の特定技能分野とは異なり、直接雇用に加えて派遣での受け入れも許可されています 。
この選択肢が存在する背後には、農業分野における季節的な仕事量の変動や農閑期などが関係しており、外国人特定技能労働者が安定した賃金を受け取ることに関するリスクを軽減するため、派遣人材が有効であると判断されています 。
特定技能制度における農業分野での外国人受け入れには、次の2つの方法があります。
- 農業者が直接外国人材を雇用する場合
- 派遣事業者が外国人材を派遣し、受け入れ機関として協力する場合
<直接雇用の受入れ場合> 特定技能農業の報酬については、同等の業務を日本人が行う場合の報酬額以上であることが要求されます。 <派遣の受入れ場合> これは、外国人特定技能労働者が農閑期などで安定した賃金を受け取ることが難しいリスクが存在するため、派遣人材が有効な解決策として採用されています。 法務省によれば、派遣受け入れ法人は以下の条件を満たす必要があります。 i 労働、社会保険及び租税に関する法令の規定を遵守していること。 ii 過去1年以内に、特定技能外国人が従事することとされている業務と同種の業務に従事していた労働者を離職させないこと。 iii 過去1年以内に、当該機関の責めに帰すべき事由により行方不明の外国人を発生させないこと。 iv 刑罰法令違反による罰則を受けていないことなどの欠格事由に該当しないこと。 |
このような理由から、法律、労働環境、そして人権の観点から、受け入れ体制が整備されていない法人への派遣は困難です。外国人労働者を受け入れる法人は、事前に関係機関での協議を行うなど、十分な事前準備を行う必要があります 。また、労働基準法に基づく労働条件の遵守も求められます。
特定技能「農業」の受入れ機関の要件
受入れ企業側には以下の要件が求められます 。
農業分野で特定技能労働者を受け入れる場合、厚生労働省の規制要件に従い、農業特定技能協議会に加盟し、協議会に必要な協力を提供することが要求されます 。
具体的には、特定技能労働者を受け入れた後、受け入れから4か月以内に「農業特定技能協議会」に加盟し、その後も協議会に必要な支援を提供する必要があります。農林水産省のウェブサイトを通じて手続きを行うことができます 。
申請時には特定技能労働者向け在留カードの交付日と在留カード番号を記入する必要があるため、受け入れが確定してから手続きを進めることができます 。
受け入れる条件
① 労働、社会保険及び租税に関する法令を遵守していること ② 1年以内に特定技能外国人と同種の業務に従事する労働者を非自発的に離職させていないこと ③ 1年以内に受入れ機関の責めに帰すべき事由により行方不明者を発生させていないこと ④ 欠格事由(5年以内に出入国・労働法令違反がないこと等)に該当しないこと ⑤ 特定技能外国人の活動内容に係る文書を作成し、雇用契約終了日から1年以上備えて置くこと ⑥ 外国人等が保証金の徴収等をされていることを受入れ機関が認識して雇用契約を締結していないこと ⑦ 受入れ機関が違約金を定める契約等を締結していないこと ⑧ 支援に要する費用を、直接又は間接に外国人に負担させないこと ⑨ 労働者派遣の場合は、派遣元が当該分野に係る業務を行っている者などで、適当と認められる者で あるほか、派遣先が①~④の基準に適合すること ⑩ 労災保険関係の成立の届出等の措置を講じていること ⑪ 雇用契約を継続して履行する体制が適切に整備されていること ⑫ 報酬を預貯金口座への振込等により支払うこと ⑬ 分野に特有の基準に適合すること(※分野所管省庁の定める告示で規定) |
農業分野の特定技能所属機関等に対して課す条件
ア 直接雇用形態の場合、特定技能所属機関となる事業者は、労働者を一期間以上雇用した経験又はこれに準ずる経験があること。 イ 労働者派遣形態の場合、次の要件を満たすこと。 (ア)特定技能所属機関となる労働者派遣事業者は、農業現場の実情を把握しており特定技能外国人の受入れを適正かつ確実に遂行するために必要な能力を有していること。 (イ)外国人材の派遣先となる事業者は、労働者を一定期間以上雇用した経験がある者又は派遣先責任者講習等を受講した者を派遣先責任者とする者であること。 ウ 特定技能所属機関は、「農業特定技能協議会」(以下「協議会」という。)の構成員になること。 エ 特定技能所属機関及び派遣先事業者は、協議会に対し必要な協力を行うこと。 オ 特定技能所属機関は、登録支援機関に1号特定技能外国人支援計画の実施を委託するに当たっては、協議会に対し必要な協力を行う登録支援機関に委託すること。 カ 特定技能所属機関は、特定技能外国人からの求めに応じ、実務経験を証明する書面を交付すること。 |
特定技能外国人を採用する流れ
STEP1: 人材募集と面接 | 特定技能を採用するには、以下の2つの方法が考えられます 。 1. 国内から採用する場合 候補者はすでに特定技能で働いているか、技能実習を修了見込みの場合が多いです。この場合、自社で人材を募集することも可能ですが、一般的には登録支援機関や国内の人材紹介会社に依頼することが多いです 。 2. 海外から採用する場合 候補者は特定技能の資格要件を満たしているか、将来的に技能試験や日本語試験を受験する予定の場合があります。この場合、海外送り出し機関に人材募集を依頼することが一般的です 。 どちらの場合でも、候補者情報をもとに書類審査を行い、オンラインまたは対面で面接を実施し、採用の決定を進めていきます 。 |
STEP2:雇用契約を結ぶ | 内定者が決まったら、法律で規定された基準(業務内容、報酬、労働時間など)に従い、雇用契約を締結します 。 |
STEP3:支援計画を策定する | 特定技能外国人を雇用する場合は、彼らが日本で安定的に働けるように支援を行う必要があります。在留資格申請時に、この支援の方法を示す支援計画書を提出する必要があります。支援を自社で実施するのが難しい場合、登録支援機関に委託し、支援計画の策定と実施を代行してもらうことができます 。 法律で定められている支援内容は以下の通りです 。 ・事前ガイダンス オンラインまたは対面で、労働条件、業務内容、入国手続きなどについて説明を行います 。 出入国時の送迎 入国時には、空港から事務所または住居までの送迎を提供し、帰国時には空港までの送迎を行います。 ・住居確保と生活支援 賃貸契約や銀行口座の開設、契約電話の手続きなど、生活に必要な契約手続きを案内し、支援します 。 ・生活オリエンテーション 日本での安定した生活をサポートするため、日本のルール、マナー、公共交通機関の利用方法などを説明します。 ・公的手続きへの同行 住居地、社会保障、税金などの手続きが必要な場合、同行し、書類作成などの支援を行います。 ・日本語学習機会の提供 日本語教室の入学案内や日本語学習教材の情報提供など、日本語学習をサポートします 。 ・相談と苦情への対応 職場や生活上の相談や苦情に対応し、適切な支援を提供します。 ・日本人との交流促進 地域イベント(お祭りや行事など)の案内などを通じて、日本人との交流を促進します 。 ・転職支援(人員整理などの場合) 雇用主都合による雇用契約解除の場合、新たな就職先を探す手助けや、必要な行政手続きの情報提供を行います 。 ・定期的な面談と行政機関への報告 支援責任者が外国人本人およびその上司と定期的な面談を実施し、労働基準法違反などがあれば行政機関に報告します 。 |
STEP4:在留資格申請 | 支援計画が策定されたら、必要書類を地方出入国在留管理局に提出し、在留資格の申請を行います。申請が承認されると、証明書が交付され、候補者はこの証明書を持ってビザ申請を行います。在留資格申請の書類作成は、自社で行うことも可能ですが、行政書士に委託することもできます。 |
採用にかかる費用
特定技能「農業」の採用には、以下のような費用がかかります。
項目 | 相場 | 備考 |
人材紹介手数料(国内人材紹介会社を利用する場合) | 年収の30~40% | |
人材紹介費(海外送り出し機関を利用する場合) | 給与1ヶ月分又は約30万円 | 送り出し国によっては、海外送り出し機関を経由して採用することが必須になっている |
生活支援費 | 登録支援機関に月額2~3万円/人 | |
特定技能の書類作成委託費 | 行政書士に10〜20万円。在留期間更新申請に毎年2~5万円程度発生 | |
健康診断費 | 約1万円 | |
渡航費用 | 10〜15万円 | 出身国により異なる |
まとめ
特定技能「農業」は、日本の農業における人手不足解消と外国人材のキャリア機会創出を両立する制度です。本制度の活用には、資格要件の確認、適切な採用プロセスの実施、支援体制の整備など、多くの準備が必要です。しかし、適切に運用することで、日本の農業の持続可能性向上と国際化に貢献する可能性を秘めています。
今後の課題としては、特定技能2号への円滑な移行、より効果的な支援体制の構築、送り出し国との連携強化などが挙げられます。これらの課題に取り組みながら、制度の更なる改善と発展が期待されます。
よくある質問(FAQ)
Q: 特定技能の農業は何年まで働けますか? A: 特定技能1号の場合、最長5年まで働くことができます。技能実習生から特定技能1号に移行した場合も同様です。特定技能2号に移行した場合は、在留期間の更新に制限がなく、さらに長期間働くことが可能です。
Q: 特定技能「農業」の受入れ機関の特有の要件とは? A: 直接雇用の場合は労働者を一定期間以上雇用した経験があること。派遣の場合:農業現場の実情を把握し、適正かつ確実に受入れを遂行する能力を有すること。